「身内としては そういう人は終わりにして欲しい」という記事を読んで

現役選手の身内として書かれたYokoさんのエントリー(Blog)には考えさせられた。「薬をやった選手はプロレーサーとして終わりにしてほしい」という内容。要旨は:
「ある日本人選手は、欧州で走っていたとき、薬によって命を落とす人、中毒になる人、果てに自殺する人を見て、自分はやらないと決めた。でも、それはかなり強い意志がなければ難しいことだった。なのに薬に手を出して名声と金を手に入れておいて謝れば、「よく告白した」はいそれ終わりでは、身内としてはやりきれない」というもの。

以前やはりチーム関係者の人も同じようなことを言っていた。「簡単に手に入る禁止薬物に手を染めず、自分を律している選手を知っているから、やはりやった選手には厳罰をもってのぞんでほしい」という意見。
確かに、薬の結果栄誉を浴びた人は、やらずに下の順位であえいでいた人たちを踏み台にしている。

・クリストフ・バッソンはクリーンでいながら数勝あげることができたが、最終的にあの選手から「消えうせろ」と恫喝され、失意のうちにプロトンを去った。あの人は栄誉を数々手にして。もしみんながクリーンだったら、彼は数々の栄誉に囲まれていただろうに。

ヘマトクリットのもともとの値が高くてEPO摂取が不可能だったサンティアゴ・ブランコ。アマ時代ダントツだったのに、プロ入りしてから「周囲が(薬で)急に強くなった」。同郷のエラスが故郷に錦を飾り、ヒーロー扱いされる中、彼はほとんど知られぬまま引退。エラスは復帰を考えているという。エラスにチャンスがあって、ブランコにないというのは?

こうしてクリーンだった選手が栄光と全く無縁の人生で、薬物の力で嘘の栄誉を得た人がそのままのほほんとしているということは、身内としてやるせない、その気持ちはすごくわかる。
世が世なら、日本人選手は海外でもっと早くから活躍できていたかもしれない。
ただ一方で、告白した選手だけがバカを見て、嘘をつきとおした方が生き残る、それもそれで不条理のような気もするし。
ただ、告白した=ヒーローというのは、こうした身内の人の気持ちを傷つけるものだということ、それは気をつけたいと思った。


97年のフェスティナ事件が終わらなかったのは、あのときフェスティナだけ弾劾して終わってしまったから。テレコム安泰でThe End。だから今回もテレコム関連だけじゃなく、ほかのチームも総ざらいしたほうがあとあとしこりを残さないのではないかとも思うけど。90年代サイス監督のもとで走っていた選手が今プロツールの監督をしている。